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未来をつくるキーマンたちへのインタビュー vol.27

ヘアサロンインタビュー
Mar.9.2026

SNIP STYLE 2023年9月号掲載 取材・掲載協力 株式会社コワパリジャポン

SHOWA → HEISEI → REIWA
未来ある美容業界、その先へ!

1971年の創業以来、確かな技術で多くのお客様からの支持を集めるSHIMA。今回は、2022年1月に社長に就任した嶋香緒里さんがゲスト。長年、嶋さんと親交を深めてきた蒲生会長がやさしく香緒里さんの背中を押します。

会社の内側の土台を固めた今、
外向きの活動にも本格的に挑みたい

嶋香緒里

 蒲生会長との最初の出会いは……覚えていないんです。物心ついたときには近くにいらしたというか、始めはやさしい親戚の叔父さんだと思っていました(笑)。蒲生会長と父(香緒里さんの父であるSHIMA創業者の嶋義憲氏)との出会いは何度も聞いており、家族ぐるみでお付き合いをさせていただいていましたが、蒲生会長の職業をある程度、把握できたのは小学校5、6年生になった頃だったと思います。

蒲生  いろいろな思い出がありますよね。改めて聞きますが、美容師になろうと思ったのはいつ頃だったのですか?

 幼稚園の頃、将来なりたい職業を絵にするときにハサミを持った人の絵を描いたのが最初です。多分、ショーでモデルの髪を切っている父の映像を見たのだと思います。その後は特に美容師という仕事を意識してはいなかったのですが、大学1年のときに父から「遊んでばかりいないで美容免許くらい取りなさい!」と言われ、通信で学ぶことになったんです。大学を卒業する少し前に免許を取得し、卒業と同時にSHIMAに入って吉祥寺店に配属されました。

蒲生  オフィスではなく、現場スタッフとしてスタートしたんですよね。

 はい。吉祥寺店の先輩がたはみなやさしくて、とにかく楽しかったのですが、3カ月ほど経った頃に父が「だいたいわかったでしょ」と言って青山店へ異動することになったんです。

蒲生 そこで奈良さん(奈良裕也さん)に出会ったのですね。

 そうなんです。社長の娘といっても特別待遇で迎えられたわけではなく、とても厳しい世界にポンと放り込まれて戸惑っていたときに奈良さんのアシスタントになったのですが、気さくに話かけてくれて次第に意気投合しました。その後、奈良さんは一気に売上を上げていき、奈良さんの成長と共に私も成長させてもらった感覚です。

蒲生 運命的な出会いでしたね。

 そうですね。当時の奈良さんは一般誌でよく特集されていたので、そのすべてをサポートするのは寝る間もないほど本当に大変でしたが、父に相談したことは1回もありません。かえって話が大きくなってしまうだけだと思って。

蒲生 嶋先生自身も若いときに単身でシアトルに行って経験を積み、帰国して小さな店を出し、今日があります。苦難があっても自力で抜け出さなければダメだと考えていたのでしょう。

 そうだと思います。その後、原宿店に異動となり、晴れてデビューしたのですが、それが苦悩の始まりでした。

蒲生 それはなぜですか?

 デビューすること自体がゴールになってしまい、売上が伸び悩んだんです。フリーのお客様に入らせてもらってもリピートさせることができず、とうとうフリーのお客様を振ってもらえなくなり……。私の接客に問題があったと感じていますが、当時は直せなかったんです。アシスタントの頃もお客様から人気があったとは思えず、とっつきにくい人間だったのだと思います。美容師には向いていないと感じ、退職することにしたんです。

蒲生 そうでしたね。会社勤めをされていた時期が1〜2年ありましたよね。

 小さな美容メーカーに転職したのですが、大変なことばかりで、生まれて初めて外の世界の厳しさを知りました。いろいろなことを担当する中で、その会社のHPのデザインを刷新したり、イメージアップ戦略を考えたりしているうちにふと、SHIMAのことを思い浮かべたんです。折しもSHIMAがジャンル変更の時期でした。私はSHIMAに戻ってアップデートさせたい、そう思ったんです。父に頭を下げて戻らせてもらいました。

蒲生 クリエイティブディレクターとしてオフィスに入られたのですね。

 はい。社員教育、マニュアルの変更、ブリーチの強化、など本当にさまざまなことを見直し、休みも返上して働きました。出版社にBOOKを持って営業にも行きました。それらが次第に実を結び、売上も回復していったんです。それでも父は私のことはなかなか認めてくれませんでした。

蒲生 そんなに苦労していたのは知らなかったです。

 その頃、外国人風やロングの巻き髪が流行っていたのにSHIMAはショートやボブ推しで、それを変えたかったんです。売れないスタイリストのレッテルを貼られていたこともありましたし、当然、反発も受けました。SHIMAをメジャーにしたい一心でヘアショーでもレーザー光線を使った演出を取り入れたり、一流のモデルを揃えたりしました。次第にヘアショーの動員数も増え、評判も上がっていったんです。

蒲生 SHIMAさんのヘアショーは長年、同じパターンを1度も繰り返していません。どれも印象深いです。

 ありがとうございます。それを狙ってやっていますし、大きなモチベーションでもあります。

蒲生 TGCにも出演されていましたね。

 名だたるアーティストと同じステージに立てることは、とてつもないやる気を掻き立てられることだと思ったんです。私はアシスタントの頃から周りはいつも敵ばかりで(笑)、人から認められてなかったので、オフィスに戻ってからはとにかくスタッフに自分のほうを向いてほしいと思って。自分の経営論は常に会社の内側だけに向いており、スタッフのやる気を引き出すこと、こちらのビジョンについていきたいと思ってもらうことが何より大事だと考えていました。

蒲生 なるほど。2022年1月に社長になられ、名実共にトップになられましたが、いかがですか?

 会社の内側を立て直すことに全力を注いできましたので、おかげさまで今はみんなに慕っていただけていますが、そろそろ会社の外向きの活動もしていくフェーズに入ったと感じています。個人のインスタも7年間クローズしていましたが、昨年、鍵を開けました。社長としてトークセミナーに出させていただくこともあります。2021年に『PICKY THE SHOP/BAR』を東京・表参道にオープンしたのに続き、ネクストステージとして今秋にL.A.でのサロン展開も控えています。これはスタッフにとっても夢があることだと思っています。

蒲生 すばらしいですね。嶋先生は反対したりしないのですか?

 「私、完璧にやるから、全部任せて!」と言ってあります。そう言ったからには結果を出さないとダメですけどね。以前は「だからダメなんだ!」と毎度、口癖のように言われて喧嘩もしてきましたが、今は父は何も言いません。

蒲生 そうなんですね。嶋先生とは53年の付き合いですが、僕も昔はときどき喧嘩をしました。それでもガモウとはもう付き合わないとは言いませんでした。

 父は情熱と執念の塊なので、何かを途中で止めるとか諦めるとか、そういうのがないんです。

蒲生 なるほど。香緒里さんの手腕に大いに期待しています。

 ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

苦難があっても自力で抜け出すこと
自分で勝ち取らなければ、通用しない

蒲生茂

嶋 香緒里(しまかおり)

東京に10店舗、美容師300名が在籍するトップトレンドサロンSHIMAの取締役社長。SHIMAクリエイティブディレクター。ビジュアル広告やヘアショーのプロデュース、スタッフの教育を中心にクリエイティブ部門の責任者。店舗内装やプロダクトデザインのディレクションも行う。

Photo / Takuro Miyazato

取材・掲載協力

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