SNIP STYLE 2024年7月号掲載 取材・掲載協力 株式会社コワパリジャポン
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未来ある美容業界、その先へ!
サロンワーカー、クリエイターとして第一線で活躍し続けてきた堀江昌樹さん。今年4月に自身のサロンHank.を立ち上げ、経営者としてもさらなる活躍が期待されています。蒲生会長との対談は次第に熱を帯び、自分の理想を追求し続けることの大切さを分かち合いました。
自分がいいと思うものを極限まで研ぎ澄まし、
それが最終的に評価されるまでやり続けたい
堀江昌樹
蒲生 毎回この対談企画を楽しみにしているんですよ。
堀江 Hank.の堀江昌樹です。僕も今日をとても楽しみにしていました。
蒲生 堀江さんとはじめてお会いしたのはいつ頃でしたでしょう?
堀江 僕が美容学校を卒業後に入社したapishでは、年間MVPを獲るとガモウさんの海外研修旅行に連れて行ってもらえたんです。先輩がハワイなどに行っているのを見て、自分も頑張れば行けるんじゃないかとがむしゃらに突っ走っていたことを思い出します。運よくデビュー1年目にMVPをいただいて、そのときはバリに行かせていただきました。それが蒲生会長のお話を間近で伺った最初だったと思います。
蒲生 そうでしたか。若い美容師さんが頑張るきっかけになっていたのですね。ところで堀江さんが美容師になったのはどんなきっかけだったのでしょうか?

堀江 僕が小学校4、5年生の頃にJリーグが開幕したんです。カズ(三浦知良)ってかっこいいなと憧れて、ブラジルに短期サッカー留学に行ったこともありました。地元・滋賀の強豪校でサッカーを続けていて高校2年生までサッカー選手を目指していたのですが、足の靭帯を切るケガをして一生スポーツで食べていくのは難しいと考えるようになって。そんなときはじめて行った美容室で担当してもらった美容師さんに進路について相談したんです。そこで見せてもらったのが美容業界誌。自分の想像を超えるデザイン性の高い作品に感動して、それからは美容室について調べたり、VOGUEやELLEなどの雑誌を見るようになったんです。徐々にのめり込んでいき、高校卒業後、大阪のル・トーア東亜美容専門学校に入学しました。
蒲生 美容学校を卒業した後は、大阪のサロンに入られたのですか?
堀江 大阪で修行して、自信がついたら東京に挑戦してみたいという気持ちはありましたが、卒業してすぐに東京に出るつもりはなかったんです。でも、仲良くしていた友だちがPEEK-A-BOOに入りたいと言っていて、その子に誘われて東京のいろんなサロンに見学に行って、一気に東京に魅了されました。
蒲生 それで東京に出てくることになったのですね。
堀江 はい。当時からデザインやクリエイションに興味があって、モード系のサロンがいいなと思っていたのですが、そういうサロンは厳しいし、上下関係もしっかりしているからお前はやっていけないと周りに言われてしまって……。いろいろと調べた結果、教育がしっかりとしていて幅広いデザインが学べ、人間関係も良好なサロンへと希望を変更し、apish入社を決めました。当時のapishは“かわいい”全盛期でテレビや一般誌への露出も多く、毎日が刺激的でした。自分の好きなものとは別に、コンサバやフェミニン、キュートなテイストを学ぶ期間と捉え、たくさんのことを吸収し、アシスタント時代を過ごしました。ナチュラルからモードまで、自分の幅が広がったのはapishで教育していただいたおかげです。もし僕がモード色の強いサロンに入社していたら、少し偏った美容師になっていたかもしれません。
蒲生 堀江さんは弊社主催のフォトコンテスト・THAでも、リアルデザイン部門とクリエイティブ部門の両方で受賞されていますよね。
堀江 両方の賞をいただいた2016年のあの日は本当に奇跡的な1日で、THAのリアルデザイン部門でグランプリ、クリエイティブ部門で準グランプリというすごい結果発表のあとに、TBCのステージに立たせていただいたんです!

蒲生 そうでしたね。
堀江 出来レースかと思われるようなすごい流れで、坂巻(哲也)さんもとても喜んでくれました。何が起こったのか理解が追いつかないくらいあっという間の1日で。
蒲生 そういう場をつくるのが我々の役目なので嬉しいですね。その頃と今では、つくる作品に変化はありますか?
堀江 THAで賞をいただいたときやJHAにノミネートされた奇抜な髪色の作品は、自分が本当に好きなものというよりはどうしたら賞が獲れるのかということを1番に考えてやっていました。20代後半から30代にかけては、有名になりたい、タイトルが欲しい、という思いが強くありましたね。今はヘアカラー全盛期なのであえて黒髪で勝負したり、ミニマムでシンプルだけどモード性のあるものなど自分の好きなものを表現するようになりました。サロンワークのちょっと先を追究してやっています。自分がいいと思うものを研ぎ澄まし、それが最終的に評価されるまでやり続けたいと思っています。
蒲生 美容には完成系がなくて、ずっと何かを追い求めていくものなのでしょうね。どこかにゴールを定めてそこで終わりなのではなく、駆け抜ける気持ちでやらなければならない。私自身も、改めて駆け抜けたいと思っています。来年、はじめて大阪でアジアビューティエキスポを開催する予定で、今計画しているところです。
堀江 大阪万博の年でもありますし、楽しみですね!
蒲生 ところで、どういう想いでHank.をオープンされたんですか。
堀江 今まではapishでやりたいことを自由にやらせていただいていました。今回自分でサロンをオープンするにあたって、20数年お世話になってきた美容業界に恩返しできたらと思っています。もちろんまずはお客様やスタッフが第一ですが、業界にいい影響を与えて喜んでいただけることをやっていきたいと考えています。
蒲生 具体的に計画されていることがあるんですか?
堀江 Hank.の理念というかコアとなっているのが、デザインを通じて感動を追求し、笑顔の連鎖を広げるというシンプルな想い。自分たちのスキルを発信し、それを美容師の方々が刺激として受け取り、目の前のお客さまに還元していただけたら笑顔の連鎖が広がる。そういう活動をしていきたいと思っています。
蒲生 それは素敵なことですね。
堀江 フリーランス美容師も増え、技術不足が課題だと思うので、業界全体でレベルアップできたらと思います。とはいえ、まずは自社のことからだと思っています。経営者になったばかりで右も左もわからない状態ですが、サロンを繁栄させるために必要なことを蒲生会長にお伺いしてみたいです。
蒲生 経営者として、お客様に評価していただくためにもスタッフ全体をプロデュースするのが大事な仕事。でも、やっぱり人を育てるのが難しいですよね。自分の元に集まった人たちをなんとか育ててデビューさせても、ふつうの会社と違って定年まで勤めるというケースは少ない。
堀江 永遠の課題ですね。
蒲生 大変だけれど、1つひとつ受け入れていくしかない。自分の身に降りかかる苦難は、世の中から見ればよくあることだけど、自分にとっては初めてのことばかりだから大変な思いもする。それは始めたばかりでも何十年経っても同じで、誰でも初めての問題にぶつかることはあるものです。
堀江 蒲生会長にもあるんですね。
蒲生 そうです。問題を真摯に受け止め、いろんな人たちがいるんだと認めていくしかない。自分の信念があるとどうしても自分の型にはめたくなるけれど、そうはいかないものです。
堀江 本当にそうですね。
蒲生 あとは、時代の変化は止められないけれど、その業界の中で自分のところがシェアを取れるような体制をつくることはできるのだから、価値創造をし、柔軟にやることが大切です。
堀江 とても勉強になりました!頑張ります!
どこかにゴールを定め、そこで終わりではなく
駆け抜ける気持ちでやらなければならない
蒲生茂


堀江昌樹(ほりえまさき)
Hank.代表。1981年生まれ。滋賀県出身。ル・トーア東亜美容専門学校卒業。2002年にapish入社し、2017年JENO代表に就任。2024年春に自身のサロンHank.をオープン。サロンスタイルからクリエイティブスタイルまで、幅広いデザイン力を武器に数多くの雑誌やセミナーで活躍。オンラインサロン「ホーリーのオシャレカット塾」も主宰。
Photo / 宮里拓郎
取材・掲載協力



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